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第17話 今夜、彼女を帰したくない

Author: 柳 雪音
last update publish date: 2026-10-17 19:06:10

「こんなことをして、後で泣きついても知らないからな!」

 慶一郎は遥香にそう吐き捨てると、人垣を掻き分け、屋敷を立ち去った。

 その背中を人々はヒソヒソと囁きながら見送る。

「西園寺公と呼ばれていたぞ」「西条公も形無しだな」

 そう。慶一郎の苗字は、西園寺ではなく、西条なのだ。

 遥香は、呆気に取られていた。

(西条家の家名を、平然と跳ね除ける人がいるなんて)<

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    「俺には任務がある。旧華族とのつながりが必要だ。君にとっても、椿家を離れることは悪い話ではないだろう」 遥香は、俯いた。「……少し、考えさせていただけませんか」 朔は、無理もないことだと思った。結婚というのは、人生にとって一大事だろう。 しかし、彼女を取り巻く状況を考えれば、椿家から離れることには意味があるはずだ。「もちろん」 夜分遅くに失礼した。朔がそう告げようとしたとき、遥香は、静かに尋ねた。「……私は、何をすればよいのでしょうか?」 朔は少し考えた。「何もしなくていい」 「え……?」 「君に、何かを強いるつもりはない。今までどおり暮らせばいい」 結婚したからといって、彼女に特別な役割を求めるつもりはなかった。 自分には任務がある。彼女にも、彼女の人生がある。 必要な縁を結び、互いに不利益がないようにする。それで十分だ。 だが、遥香はなぜか、ますます戸惑ったような顔をした。 「ですが……妻になるのでしたら、私にも何か、できることがあるのでは……」 「無理に探す必要はない」 朔は、きっぱりと答えた。 彼女は、これまで家族から十分な扱いを受けてこなかったようだ。 ならば、せめて自分のもとでは、余計な苦労をせずに暮らしてほしい。 それ以上のことを求めるつもりはなかった。 遥香は、しばらく黙っていた。 やがて、諦めたように小さく頷く。 「……分かりました」 その声が、どこか沈んで聞こえたのは気のせいだろうか。 朔は、理由を考えかけて、やめた。

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    「こんなことをして、後で泣きついても知らないからな!」 慶一郎は遥香にそう吐き捨てると、人垣を掻き分け、屋敷を立ち去った。 その背中を人々はヒソヒソと囁きながら見送る。「西園寺公と呼ばれていたぞ」「西条公も形無しだな」 そう。慶一郎の苗字は、西園寺ではなく、西条なのだ。 遥香は、呆気に取られていた。(西条家の家名を、平然と跳ね除ける人がいるなんて) 慶一郎に捨てられたくないと、ずっと思っていた。 彼に選ばれることが、幸せなのだと信じていた。 華族の丙とは、そういうものだと父は言った。女学校の友人たちも、同じように信じていた。 良き甲に選ばれ、妻となり、番として愛される。それこそが、丙に生まれた女の幸せなのだと。(この方は、私とは違う世界に生きているんだわ) 遥香は、朔の背中を見つめる。

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